2004.1 January
特集 音読・朗読・暗唱の有効性
【実践提案】 私の考える音読・朗読・暗唱の指導
(1) 年間を通して音声学習に取り組む 杉山るり子
はじめに

 四月、新一年生が入学して来る。彼らは弾けたボールのように、活気に満ちて、お喋りに夢中である。が、しばらくすると、萎んできて、やや元気を失ってきだす。授業でのルールを身に付けて礼儀正しくなった反面、それまでの挙手が減り出し、一人一人の「声」がトーンダウンしている。注意して見ていると「声」を必要とする場面ですら、消極的な「声」のやりとりで授業を受けている。
 彼らの「声」は知らず知らずの内にからだの中に引き込まれ、出にくくなっているのではないか。必ずしも国語科だけの問題ではなかろうが、何が原因なのだろう。どうしたら、「声」をもっと前へ、引き出せるのだろうか。
 「声」を出すことは、それ程難しいことではないが、一旦出にくくなった「声」を元通りに出させることは、そう簡単にはいかない。なぜなら「声」は、からだに係わっているからである。そのため緊張を強いられると、それは直ちに「声」に伝わる。ましてや彼らは思春期である。周囲の何気ない反応に、過敏になり、ややもすれば差恥心を抱いて、当人でもなかなか思うように出せなくなっているのであろう。
 そこでまず、「声」を必要とする場面をカリキュラムに盛り込み、「声」を出すことに慣れ、自信が持てるような学習の場を設定することが肝心なのではないか。また、そこでの「声」を大事にし、必ず次に繋がるような励ましのコメントを伝え、意欲を喚起させなくてはならない。彼らはそのコメントから、自分の「声」がどのように相手に届き、それがどう受け止められたのかに関心を示す。ここにきて彼らはようやく、自分の「声や読み」に意識を向けるようになる。
 「声」に関わる指導は、実践の機会を多く持ち、習慣化し、定着させることがまず一歩でありこれこそが「声」の活性化に繋がると確信している。

はじめに声ありき

 「声」をのびのびと出せる、雰囲気を作ろう。
(1) 自己紹介は「折り句でよろしく」
 銘々の名前を認識して、一日も早く呼び掛けが出来るように工夫したい。そこで、句の頭に名前の一音ずつを置く、いわゆる『折り句』で自己紹介をする。発表は互いの表情が分かるような、円陣座りでやるのも良いであろう。その際、仮名書きのミニプラカードを揚げさせるのも印象に残るやり方となる。この雰囲気は今後の「声」に大いに影響するので、和やかなムード作りを心掛けたい。

(2) 声を出してリズムに乗ろう
 始業の五分間は全員で『声出し』をする。
 自己紹介で「受け入れられた」という思いを大事にして、「声」を前に出す練習である。
 テキストには、調子よく声が出て、からだが自然にリズムをとり、しかも、内容がつかめて、なおかつ愉快な表現のものを選びたい。例として挙げるならば、谷川俊太郎著『ことばあそびのうた』や斎藤孝著『声に出して読みたい日本語』のような作品である。生徒によっては、すでに小学校で経験済みということもあるかもしれないが、扱い方にひと捻り加えれば、「声出し」の楽しさや、気持ちよさを、体感し、やがて快感も十分味わうことになるであろう。

暗唱で日本語の美しさを体に染み込ませよう

 「声出し」の次は、『暗唱』に力を注ぎたい。それは、劇作・演出家の栗原一登氏の次のような考えに共鳴したからである。
『「暗唱」−私のいう「暗唱」は、新しいことば、未知のことば、真理と美しさに満ちたことばに向かって、自己を創造的に開発することである。またドラマの「台詞」を覚えるように、これから限りなく展開して行く人生のドラマに対して、自らの役割に必要な、あるいは力づけとなることばを蓄えることは、単なる棒暗記の便宜性とは違うのである。
 暗唱に値する言語文化に接触の機会を与えて、それを取り込ませれば、その取り込みが、自らのことばを生む創造性にもつながっていくのである。』
 今、子供たちのことばそのものが、貧弱になっている。日常会話はしかり、作文や報告文等でも、言い回し、比喩などの用い方に如実に表れる。それは、一つに、彼らを取り囲んでいる、社会状況の変化によるものであろうが、一方で、彼らの多くが、日本語の豊かな表現に気が付かぬまま、自己に引き寄せることも、意識的に取り込むこともせずに来てしまったからであろう。したがって、ことばそのものが枯渇になり、表現したくても出来ないのである。では、彼らにことばを持たせるにはどうしたらよいか。
・・・・・・(以下、本誌をご覧ください)