 |
2004.4 April |
|
|
|
1 指導過程の中での「導入」
「導入」「展開」「まとめ」という指導過程は、国語の授業のみでなく、学校教育の多くの中で用いられている。それは、学習の区切りとして、学習者の学習に対する意識化を図るのと同時に、指導者にも学習の方向性と内容とを明確にする。また、学習の一連の過程を「導入」「展開」「まとめ」として区切ることにより、それぞれの学習の段階を整理し、学習者にも指導者にも、その時点の学びの意味を明確にする。ここに、指導過程を段階的にまとめることの意味がある。
このような指導過程が、日本の教育に導入されたのは、明治期に一斉学習指導が行われるようになってからである。たとえば、ヘルバルトの五段階教授法や、垣内松三、芦田恵之助、石山脩平、さらに戦後には、各民間教育団体や個人がそれぞれの教育理論に基づき、様々な指導過程を提案してきた。
このことは、授業の展開が、あるまとまりごとに展開され、そのことによって学習者の学習が進化・拡充することになるからである。学習の段階を決定することによって、学習の目標が明確になり、学習者にとって一時間一時間の学習内容が明示的になる。
一つの学習のまとまりにおける授業過程は、「導入」「展開」「まとめ」を切り離して考えることはできない。それは、教材や単元においても、一時間ごとの授業においても同様である。そもそも学習は、一連のまとまりとして意味を創出する。それを分離することによって、それぞれの段階における学習の意味や焦点化は可能となるものの、学習全体を通して学ぶ意味は、「導入」のみを対象としていては、明らかにすることはできない。
では、なぜ「導入」を本稿では取り立てて考察するのか、これからの国語科の授業における「導入」の方向性とあり方について考えてみたい。
2 授業づくりにおける「導入」の意味
これまで「導入」は、指導過程の初めに位置してきた。それは、これまでの学習をまとめこれから行う学習の準備としてのもの、これから展開する学習の動機付けとして興味や関心を持たせるもの、学習の展開を予想させるものとに、整理することができる。このことは、学習の継続性と連続性とを保障するための指導過程の位置づけ上での、「導入」が果たしてきた役割でもある。
授業の実際に行われる「導入」は、これから行う学習についての始まりに位置する指導過程の第一番目の段階として、行われてきている。そこでは、これから行う学習のみを対象としており、それまでに行ってきた学習を対象とはしていない。
しかし、指導過程としての「導入」には新しい学習の始まりとしての意味だけではなく、それまでの学習とこれからの学習をつなぐ働きにも意味がある。
学校における学習は、一つ一つの学習が、切り離されてはいない。単元や教材が、一つ一つ独立Lて存在していることは事実であるが、それは、必ずしも一つ一つが切り離されているということではない。
学習の継続性や連続性は、カリキュラムとしての学習の構成に関わっている。本来、学習は、一つの単元や一つの教材のみで成立しない。いくつかの単元や教材によつて構成されたカリキュラムの中に学習は存在する。
単元や教材の一つ一つをつないだカリキュラムを構成するとき、それぞれの単元や教材が切り離されていて関連がないと、学習の蓄積は行われない。
学習は、小学校六年間、中学校と高等学校では三年間というスパンの中で、どのような学力を育成するかが問われている。近年、各学校の創意工夫によって、各学校独自の教育課程(カリキュラム)の作成が求められるようになってきている。
児童生徒がその学校に通うことによって、どのような学力を身に付けることができるかが、学校に問われてきている。言い換えれば、各学校において、その学校に通うことによって身に付く学力を、その学校が「育成する学力」として、明確にすることが求められているのである。
カリキュラムには、いろいろな考え方があるが、この「育成する学力」を時間的な順序として各教科ごとに構成したものも、カリキュラムである。カリキュラムには、学習の継続性と連続性とが、教育内容として示されている。そこで、単元や教材を一つ一つ切り離すのではなく、小学校六年間、中・高等学校三年間を見通した学習が組織・構成されなくてはならない。
これまでの授業では、単元や教材を授業の過程としてどのように行うかという学習過程が、単元計画や教材計画として授業前に考えられてきた。そこでは、単元や教材ごとにその指導の流れや学習のプロセスが計画されてきた。
授業計画は、既に終わった授業より、次に行う授業についてたてることが多い。そこでは、それ以前に行った授業との関係性に基づいて授業計画をたてるということよりも、これからの時間に行う授業について計画する。
学校教育における授業計画は、年間のカリキュラムの中に存在しなければ、それぞれの学校における「育成する学力」の保障はできない。学校教育における学力の育成は、計画をたてることによって実現していく。そこ
で、学力の育成にカリキュラム構成が重要な役割を持ってくる。
このような考えに立った授業づくりの転換が求められる。授業は、一時間一時間の授業も大切であるが、学年としての一年間や小学校六年間、中・高等学校三年間を見通し、系統的な学力の育成が図られなくてはならない。
・・・・・・(以下、本誌をご覧ください)
|
|
|
|