2005.2 February
特集 学力低下論ただなかの指導改善
【特別寄稿】  「学力低下」克服のための学習指導論 大槻達也
一 「学力低下」問題について考える

1 「学力論争」
 現行学習指導要領は、平成14年度から小・中学校で一斉に、翌年度から高校で学年進行によって実施に移された。従来の全面改訂期と大幅に異なったのは、教育課程審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善について」(10年)、新学習指導要領告示(小・中学校で10年、高校で11年)を経て、移行期に入る頃から「学力低下」論が台頭し、新学習指導要領の目指す方向がそれに一層の拍車をかけるとして導入反対論が主張されたことである。
 もちろん、過去にも、学習指導要領自体の否定や反対論は見られたが、殆どは初等中等教育界を中心に、高等教育であっても教育学・教員養成関係者のいわば「身内」に止まっており、今回のような経済学や自然科学系の大学関係者に加えて経済界を巻き込んだ論争は異例のことだった。
 その後、小・中学校における新学習指導要領完全実施を目前にした14年1月の遠山文部科学大臣(当時)による「学びのすすめ」、15年10月の中央教育審議会答申「初等中等教育における当面の教育課程及び指導の充実・改善方策について」とそれを受けた一部改正(同年12月)などを経て、新学習指導要領も完全実施三年目を過ぎようとしている。完全学校週五日制、目標に準拠した評価・評定の実施、学校の自己点検・自己評価の努力義務化なども同時にスタートしたところであり、関係者の努力には並々ならぬものがあった。

2 多様な「学力」観
 この間の「学力論争」を振り返ると、論者によって「学力」の捉え方が異なっていて議論がかみ合わない点や混乱も多く見られた。では一体、子どもたちに求められているのは、どのような「学力」なのだろうか?
 平成8年の中教審答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次答申)」は、いまだかつてなかったような急激な変化が進行する社会を主体的・創造的に生き抜いていくために必要なのは、「自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性、たくましく生きるための健康や体力など」の「生きる力」(現在、その「知」の側面を「確かな学力」と呼んでいる)をを身に付けることだとしており、10年の前記教育課程審答申や同年及び翌年に告示された各学校種ごとの学習指導要領も同じ考え方に立っている。また、実際に小・中学校の教員や保護者が求めるのも、同様の幅広い「学力」である。
 このような「学力」観は初等中等教育に限られるものではない。10年の大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について−競争的環境の中で個性が輝く大学−」は、「学部段階においては、初等中等教育における自ら学び、自ら考える力の育成を基礎に『課題探求能力の育成』を重視する」ことの必要性を指摘しているが、その「課題探求能力」については、「主体的に変化に対応し、自ら将来の課題を探求し、その課題に対して幅広い視野から柔軟かつ総合的な判断を下すことのできる力」であると定義している。このことは、大学人や企業人の認識とも相通じるものである。
 「学力」に関するこのような考え方は、国際的にも共通したものとなっている。国際学力調査でよく引き合いに出されるIEA(国際教育到達度評価学会)の国際理科・数学教育調査は、歴史が古いためもあってか学校教育で教えられる知識理解を中心としたものとなっているが、2000年に新たに開始されたOECD(経済協力開発機構)のPISA(生徒の学習到達度調査)は、「学校の教科で扱われているようなある一定範囲の知識の習得を超えた部分まで評価しようとするものであり、生徒がそれぞれ持っている知識や経験をもとに、自らの将来の生活に関係する課題を積極的に考え、知識や技能を活用する能力があるかをみるものである。」とし、その理由について、「常に変化する世界にうまく適応するために必要とされる新たな知識や技能は、生涯にわたって継続的に習得していかなければならないからである。」と述べている。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)も同様の考え方を採っている。
 このように、国内の各界は元より、国際的に見ても、今後求められる「学力」については一定の共通性がみられるところである。ここで留意しなければならないのは、「知識・技能」と「思考力、判断力、表現力、課題発見能力、問題解決能力」などが二律背反や二項対立の関係にはないということである。両者が相まって「確かな学力」が形成されるのであり、敢えて二兎を追うことが求められているのである。戦後の教育界では、「学力」の捉え方がこの両者の間を揺れ動いてきた観もあるが、今こそ、このような振り子運動に終止符を打つべき必要がある。孔子の言業、「学びて思わざれば即ち罔く、思いて学ばざれば即ち殆し」(「論語為政篇」)は、2500年後の今日でも重みを失っていない。

・・・・・・(以下、本誌をご覧ください)