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2006.06 June |
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1 〈やわらか教科書〉から排除された二大文豪
小学・中学生の「国語」教科書から、漱石・鴎外の作品が消えるということが大きな話題になったことがありました。新聞報道ではこれを大事件のように取り上げました。消された二大文豪。消されたと言えば物騒な犯罪を連想させます。当然その下手人は誰だということになります。
それから三年ほど経って、教科書に漱石・鴎外が戻ってくる、復活したということになりました。三年ほどの間に何があったのか、消された時ほど話題は沸騰しませんでした。島流しにあった近代文学を代表する作家であり思想家でもある二人が、義務教育の教室に復活することは何よりの慶事ではありました。
二人の文豪の受難と復活は、誤解を恐れずに言えば如何に日本の〈国語教育〉の基盤がグラついているかを物語っていました。教育の規範のことを言えば、これを司る文部科学省の学習指導要領のことなどが槍玉に上るのが一般です。しかし文豪消去事件は型通りのことではなかったと思います。教育の現場にあれこれ指示をする役所があり、これを受けとめる学校の先生がおり、教材の編集には経験のある専門の先生が携わっています。
それぞれの立場が組み合ってその時代ごとの学校教育が良かれという方向を築いてきたと思います。その伝でいけば、漱石・鴎外を消した下手人は誰だ、と言われても単独犯のようにこの人とは特定し難いことだったと思います。そして今度は二大文豪の受難劇の後に、復活劇が演出されることになりました。役所、学校、会社が共同して受難劇を謀議したわけではありません。戦前も考えに入れると数十年をはるかに超える漱石・鴎外の存在の意味が軽くあしらわれてしまったのでした。三者のそれぞれの立場が注目されます。
とやかくしているうちに復活劇となりましたが、これについては恐らく三者三様の立場を超えた提携があったはずです。意外にあっさり漱石・鴎外の復活があったのは、受難劇に進んでいった経緯に世間が騒々しかったことがあり、文豪消去について三者ともども内心にうしろめたさが伴っていたからだと想像出来ます。
かく言う私は、漱石・鴎外受難劇に関連して「小説は『国語』を救う」(2002・5、『文学界』)という文章を書いたことがあります。その当時のインターネット検索記事によると、小学校・中学校の教科書事情を見渡して〈アイドル・漫画、やわらか教科書 SMAPお目見え、漱石消える〉という大見出しがありました。かつて書いた文章を思い出してみると、総じて教科書の内容を軽くして詰め込み教育を改めるという前提があったと分かります。〈やわらか教科書〉という表現が眼を惹きます。硬軟ということを単純化すれば、硬は難解で軟は容易ということになります。当時千円札の肖像画に用いられ、知らぬ者のなかったはずの夏目漱石も教科書の中では、アイドルや漫画の進出にはやむなく撤退せざるを得なかったというわけでした。まるでトコロテン式に闇に葬られてしまった漱石が想像されます。
教科書会社のコメントには、漱石・鴎外の文体はもはや現在の生徒に合わないし、内容も読解し難い、ということがありました。今日からその当時を想い出せば、要するに教科書上の古典的作品である漱石・鴎外はもはや文体、内容ともに現在の子どもたちには合わないということに尽きていました。このような認識を役所も学校も会社も足並揃えてもってしまったというわけでした。その背後には、現在の子どもたちの頭脳の中身が軽くなったことが踏まえられていたと思います。
2 〈ことば〉の環境破壊の日常化
格別犯人さがしの気分で言うわけではありませんが、子どもたちの頭脳を漱石・鴎外を読解出来ないほどに軽くさせてしまったのは誰か、という疑問が浮かび上ってきます。文部科学省が文部省の時代に一つの規範として、これからの教育は〈家庭〉〈学校〉〈地域〉が一体となって子どもの教育に当たることが望まれる、ということを打ち出していました。〈不登校〉や〈引きこもり〉という表現によって学校を嫌う生徒の問題が社会問題化し、苦肉の策で家庭・学校・地域の三位一体教育論になったと思います。
と言ったところで現実にこれを実践する段になるとそう簡単なことではありません。中流階級化したいわゆる核家族と称される家族のメンタリティは、わが家のわが子のみが御身大切なのであって、学校におまかせ地域におまかせといった開かれた精神状況にはありません。知らずうちに身についた家族エゴイズムの肥大化が、学校教育に意義申し立てをし地域社会の共同性からも手を抜いてゆく。
・・・・・・(以下、本誌をご覧ください)
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