はじめに
近年の急速な社会変化に伴って、最近は生涯学習の考え方も変化し、新たな段階に入っている。しかし、そのような動きはなかなか学校に伝わらない。ここでは、そのような新たな生涯学習の動きが学校教育にかかわるところに着目し、若干の課題を探ってみることにしよう。
一 新たな生涯学習の考え方
生涯学習といえば、生涯学習の考え方で教育を再編成しようという一九六五年のユネスコの提唱が知られているが、これを素朴な生涯学習論と呼ぶことにすれば、その後、ユートピアとしての生涯学習社会を目指す生涯学習社会論が広がり、さらに最近は生涯学習を流動化へのパスポートと呼ぶような、新たな生涯学習論へと、流れが大きく変わりつつある。
これは、一九九九年のケルン・サミットの際のケルン憲章、二〇〇〇年の東京におけるG8教育大臣会議議長サマリーで、生涯学習は国際的にも変化の激しいこれからの社会における流動性へのパスポートとされるに至ってからのことである。この頃から、生涯学習論は新たな段階に入ったといえるであろう。
我が国の生涯学習も、生きがい追求のための生涯学習から、変化の激しい時代を生き抜くための資質・能力の開発・伸長に必要な生涯学習へと変貌を遂げつつある。そして、それを支援し、推進、振興する理念としては、生涯学習社会の実現を目指すことが掲げられている(中教審答申「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」平15)。
そこでいわれる生涯学習社会は、生涯のいつでも、自由に学習機会を選択して学ぶことができ、その成果が適切に評価され、生かすことのできる社会のことである。そして、生涯学習を振興する基本的考え方としては、
① 「個人の需要」と「社会の要請」のバランスを保つ
② 「人間的価値」の追求と「職業的知識・技術」の習得
③ これまでの優れた知識・技術や知恵を「継承」しつつ、それを活かした新たな「創造」を目指す
ということがあげられている。ここでの人間的価値とは、芸術・文化・スポーツ、趣味、教養、生きがいとなるもの、人間的なつながりなどの人間的価値(人間の持つよさ)のことである(中教審生涯学習分科会「今後の生涯学習の振興方策について(審議経過の報告)」平16)。
この①〜③は、従来、「個人の需要」重視か「社会の要請」重視かというように、二項対立に捉えられてきたものである。しかし、国際的にみても、これからの時代にあっては、そのような二項対立的な発想を捨て、葛藤や紛争、対立を調和・バランスによって克服することが大きな課題となるところから、このような考え方が前面に打ち出されてきたのであった。
二 人生活動と生涯学習
以上は、生涯学習を社会の次元で捉えた場合の話である。生涯学習には、人の一生という時系列の次元で捉えるという、もう一つの側面がある。従来から、社会の次元は水平的次元、時系列の次元は垂直的次元と呼ばれてきた。
先に述べたような水平次元の生涯学習社会は、人の一生という垂直次元からみれば、「一度の選択でその後がすべて決まってしまうのではなく…学校でうまく勉強できなかった学生も、別の仕事で自分を試してみたいと思っている勤労者も、再び社会で働きたいと思っている主婦も、定年後の新しい人生を模索する高齢者も…やる気で学んで、力をつけて、そしてチャレンジできる」(生涯学習審議会答申「学習の成果を幅広く生かす」平11)ような社会である。
人はその生涯にわたって常に何らかの人生活動を行いながら生きており、人生活動のための教育を受けたり、学習を行ったりしている。生涯学習という場合には、そのような時系列の次元での生涯学習も捉えておく必要がある。
人生活動というと職業活動、子育て、社会的諸活動など様々なものがある。その中でも、これまで重視されてきたのは、主として成人期に行われる職業活動や子育てである。かつて、スイスの精神科の医師であったポール・トゥルニエは『老いの意味、美わしい老年のために』(山村嘉己訳、ヨルダン社、一九七五)の中で、職業活動や子育てを第一の人生活動と呼び、これからは、その後に行われる第二の人生活動とでもいうべきものを、それと同じように重視していかなければならないといった。
第二の人生活動は定年後の再就職(いわゆる第二の人生)ではない。第二の人生活動の定義はしない方がよいとされる。第二の人生活動は人々が自らそれを発見したり、既存の活動を人生活動にしたりするように工夫していけばよいので、それをあらかじめ定義し、これが第二の人生活動だと決めてしまわない方がよいからである。ただ、次のような特徴を持つ活動が第二の人生活動とされる。その第一は、余暇活動の自由さと生産活動で得られる喜びを併せもつ活動だということであり、第二は社会的なかかわりの中で何らかの使命や目的をもつ活動だということである。
ポール・トゥルニエは第二の人生活動を第一の人生活動からの引退後に行われるものとしたが、最近は、創造性にあふれた社会を建設し、一人一人が充実した人生を送れるようにしていくために、そのような活動を生涯にわたって行う必要があると考えられるようになりつつある。
したがって、これからは、それを第二の人生活動といわず、職業活動、子育てと並べて、青少年期の人生活動、成人期の人生活動、高齢期の人生活動などと呼ぶことにしてみよう。
社会的使命や目的があり、自由と喜びを併せ持つ生涯各期の人生活動の例としては、ボランティア活動などがあげられる。確かに、ボランティア活動はそうであろう。ただし、小・中・高校生のボランティア活動が学校教育の中で行われる場合は、あくまで教育の一環であって、独自に行う青少年期の人生活動とはいえない。
個人的な趣味はあくまで趣味だが、それも生かし方によっては人生活動になる。たとえば高齢者が地域の絵画クラブで絵を描いているだけであれば単なる趣味活動であるが、描いた絵を地域の公共施設の廊下などに展示したりして地域に貢献すれば、それは高齢期の人生活動である。
このような生涯各期の人生活動も含め、職業活動、子育てなどを総称して人生活動ということにし、教育・学習を人生活動に対応させると、教育・学習は人生活動の準備のためや人生活動を行う中でその充実を図るために行われる。時系列の次元で捉えれば、生涯にわたる教育・学習は、次のような並行型になっている。
① 現在行っている人生活動に必要な教育・学習
② 次の人生活動の準備のための教育・学習
①の例をあげれば、職業活動を行っている中で必要とされる教育・学習がそうであり、定年後に地域で活動するために、定年前に「NPO法人の作り方」の勉強をしておくことなどは②の例である。
このような①②の教育・学習は、今の人生活動に必要な教育・学習か、それとも将来の人生活動に必要な教育・学習かという違いはあっても、人生活動に必要な力をつけるためという目的は同じである。このところ、何かにつけて、人間力、現場力、○○力というような言い方が流行しているが、人生活動を行うには、活動を行うための力をつける必要がある。
・・・・・・(以下、本誌をご覧ください)
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