周知のように、2003年7月に実施されたOECD国際学習到達度調査(PISA)の結果、日本の高校一年生(約4,700人対象)の「読解力」が前回調査(2000年)よりも大幅に低下した。それによると、平均点の順位は8位から14位になった。上位集団からOECD平均と同程度への低落である。しかも、諸外国に比べて日本の平均点が24ポイントと一番大きく下がっている。
ここで、改めてPISAにおける「読解力(reading literacy)」とはどういうものかを確認しておきたい。それは、「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力」と規定されている。これまでの国語科教育における読解力よりも明らかに広義であり、機能的・実用的な性格が強いものになっている。
実際、文章のような「連続型テキスト」だけでなく、図表・グラフ・地図・書式などの「非連続型テキスト」も含んで、次のような「読解のプロセス」が設定されている。
・情報の取り出し(テキストに書かれている情報を正確に取り出すこと)
・解釈(書かれた情報がどのような意味を持つか理解したり推論したりすること)
・熟考・評価(書かれていることを生徒の知識や考え方や経験と結びつけること)
調査結果を内容的に分析すると、次のような問題が指摘できる。
① 習熟度レベルでみると、「最も基本的な知識と技能が身についていない」とされる「レベル1未満」の生徒が、日本は7.4%でОECD平均の6.7%より多くなっている。前回調査では2.7%だった「レベル1」の生徒も7.3%から11.6%へと増えている。最上位の「レベル5」はほとんど変わりがない。このことから、成績下位層が増えたことによる学力格差の拡大が認められる。
② 正答率がОECD平均を5ポイント以上も下回った問題は全28問中6問(前回は3問)あるが、そのうち5問は「解釈」の力をみる問題だった(逆に5ポイント以上上回った問題11問中「解釈」の問題は5問だった)。また前回調査より5ポイント以上下回った問題は10問あるが、そのうち「解釈」の問題は6問(あとは「情報の取り出し」3問、「熟考・評価」が1問)を占めた(逆に5ポイント以上上回った問題3問中「解釈」は1問だった)。このことから、「解釈」の力が低下していると考えられる。
③ 無答率がOECD平均を5ポイント以上上回った問題は8問あり、そのうち6問は自由記述の形式だった。また自由記述問題全体の無答率は23.7%でOECD平均より8ポイント高い。このことから、自由記述式の問題に無答率(白紙)が多いことがわかる。
④ テキストの「熟考・評価」については、無答率が30%を超える問題(すべて自由記述式)が3問あり(うち1問は無答率40%)、OECD平均をはるかに上回っている。また、Bであげた6問のうち「熟考・評価」が4問を占めた。このことから、テキストを読んで考えたことを自分の知識や経験と結びつけて表現する力の弱い生徒が多いことがわかる。
ともかく、わずか3年間でこれだけ「読解力」が低下したことは驚くべき事実であり、教育関係者にとってはショッキングなことであった。文部科学省がさっそく「読解力向上に関する指導資料―PISA調査(読解力)の結果分析と改善の方向―」(2005年12月)を発表したことにもその衝撃の大きさが表れている。
なぜPISA型読解力がこれほど注目されているのだろうか。教育関係者の中に、「単なる一つの学力調査の結果に過ぎないのだから気にする必要はない」と楽観的に考える人が少ないのはなぜだろうか。
それは、PISAが情報化・国際化社会におけるグローバル・スタンダードとしてのリテラシー(数学的リテラシー、科学的リテラシー、問題解決能力と合わせて「生きるための知識と技能」と言い換えられる)を求めているからである。それは単なる知識や技能の習得ではない。もともとOECDの研究プロジェクト(略称DeSeCo)が抽出した「キー・コンピテンシー」につながるものである。それは、次のように定義されている。
1 全体的な人生の成功と正常に機能する社会という点から、個人および社会のレベルで高い価値を持つ結果に貢献する。
2 幅広い文脈において、重要で複雑な要求や課題に答えるために有用である。
3 すべての個人にとって重要である。
つまり、個人の人生における成功と社会の発展に貢献するために、「すべての個人」にとって「幅広い文脈」で役に立つ能力とされているのである。具体的には、@社会的に異質な集団で交流する力、A自律的に活動する力、B道具を相互作用的に用いる力という三つのカテゴリーから成っている(D・ライチェン&L・サルガニク編著/立田慶裕監訳『キー・コンピテンシー〜国際標準の学力をめざして〜』2006年、明石書店を参照)。
以上で示した「キー・コンピテンシー」は、当然のことながら、日本の社会でも同じように重要な意味を持っている。つまり、そこでは、大学入試センター試験の「国語」問題で満点をとるような受験型学力よりも、さまざまな情報を読み解いて自分の考えをしっかりと持ち、それを言葉を通して適切に表現・伝達して、他者と意思疎通ができるような幅の広いリテラシーが求められている。
PISA型読解力はそうしたニーズに合っている。それは、先の「キー・コンピテンシー」に対応させると、Bの中の「言語・シンボル・テキストを相互作用的に活用する能力」にあたる。「社会や職場でうまく機能し、個人的・社会的な対話に効果的に参加する」ための「コミュニケーション能力」と言ってもよい(前掲書、117頁)。
大学でもこうした能力は基本条件として求められている。講義はともかく、演習(ゼミ)はまさに自律的な活動、道具の相互作用的な活用、異質な集団での交流の場なのである。
ところが、センター試験のマークシートによる多肢選択式問題は、すばやく正解を得るための受験テクニックを助長して、こうした「キー・コンピテンシー」の育成を阻害している。しかも、そうして詰め込んだ知識は時間が経つにつれて剥落し、記憶から消えていく。これでは「生きるための知識や技能」とは言えない。PISAはその欠落部分を補填しようとしているのである。
次に、PISA型読解力に関連して、今後の国語科教育の課題を明らかにしていこう。