はじめに
研修にジレンマを感じ、克服しようとして試みてきたことを述べてみたい。
一 出発点
一九九四年に、第一七回九州地区中学校国語教育研究大会が、佐賀県であった。地区の研究の一端として、研究授業をすることになった。当時、部活動を最優先としていて、戸惑いと不安は大きかった。
前年の終わりに、地区から助言者として依頼していた佐賀大学教授の白石壽文センセイに授業を見ていただいた。後の研究会で、「九州大会では井原が恥をかかないような授業をするようにします。」というようなことを言っていただいた。大変心強かった。学生時代、ゼミ生でもなかった私を、「私の教え子」とおっしゃり、言葉どおり、惜しみなく指導、助言をしてくださった。
以後も勉強会に参加するよう誘ってくださり、今もご指導を請うている。
二 ジレンマ
九州大会は、教職について十年目のときだった。その直後から、研修の必要性を感じ、講演会や勉強会に参加するようになっていた。読者論が論議されていて、試験問題などでの“正解”に大きな疑問、不審を感じていたこともあり、読者論には共感と高い興味・関心を持った。
(以下、本誌をご覧ください)
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