はじめに
「握手」は、ルロイ修道士の過去や、児童養護施設での「わたし」とのエピソードを通して、読み手に人が生きることの意味を問いかけている作品である。
作者が言葉を紡いで描いた豊かな世界を深く読み取らせたい。その豊かさまでどうやって生徒を導くか。―作品に織り込まれた情報が情景描写となり伏線となり複雑に絡み合ってテーマを具現化していく。その様を一人でも多くの生徒に、少しでも深く読ませて、達成感を保証する。そんな授業を目指して、三学年の小説教材「握手」に取り組んだ。
一 象徴性を読み取らせるために
1 ルロイ修道士は「優しくていい人」か?
丹沢で足柄茶とミカンを作らされたころのルロイ修道士は、「我慢強い」「勇気がある」人である。天使園で野菜を作るルロイ修道士は「子ども思い」で、再会した時もやはり人を差別しない「心が広い」人…。人物像として、どれも間違ってはいない。描かれた時間が行き来するため、その場面だけからわかる人物像を、生徒は表面的に読んでしまいがちである。しかし、ルロイ修道士の優しさは人当たりのよい優しさではない。その行動を背後で支えるものを生き方としてとらえなければ、浅い読みになってしまう。
2 左の人差し指が表すもの
爪がつぶれた左の人差し指―日曜日は休ませてほしいと監督官に言い出す役を、ルロイ修道士が引き受けたのはなぜだろう。代表になって言わなければ、爪がつぶされることはなかった。この指があるかぎり、彼は、カナダに帰れずに足柄茶を作らせられたことや、爪をたたきつぶした監督官の顔を思い出すだろう。この指は、
(以下、本誌をご覧ください)
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