本書も,憲法に関する本には違いないが,判例や学説を引いて法条の意味を講釈するという,いわば法学部的な解説書とは相当趣きを異にしている。法律家あるいはその卵が想定読者でないとすれば,本書は,「一般向け」ということになるが,「一般」などという人はどこにもいないから,いささか後付けめいた釈明を試みれば,本書は,日本国憲法がいかなる歴史的背景を背負って,いかなる人々によって,どのように運用されてきたかを,(執筆者の主観的意図としては)できるだけ分りやすく解説することを目的としたものだ,ということになる。
もっとも,こうした目的をもった本はありそうでいて実際には少ないため,なかなか手本が見つからず,とにかく書き出してはみたのだが,そうなると,法律プロパーの議論はもとより,政治,経済,社会,文化など広い分野の情報を盛り込まなければならなくなった。当然,歴史的に遡った解説も欠かせない。広く店を張れば,これが憲法の話なのかと自分でも心許なくなるし,情報の種類と量とが多くなればなるほど,その正確性も心配になってくる。執筆者としてはそれなりに苦心したのであるが,所期の目的を多少なりとも達成できたか否かは,情報の正確度も含めて読者諸賢の御叱正に俟つしかない。
それにしても,世論の受けも芳しくなく,政界にも全面的支持者をほとんど見出せずに出発した日本国憲法が,覚束ない足取りながらも60年余の生命を保ってきたことは,一つの奇観といえよう。アメリカ合衆国憲法のごとくに国民の崇敬を集めてきたわけではないが,さりとて,誰の邪魔立てをするでもなし,まずは日本人の身の丈に合った着物として,いまさら衣替えも面倒と思われてきたことが,長寿の秘訣であったのかもしれない。護憲・改憲両陣営を問わず,憲法がメシの種という向きには,こうしたどっちつかずの状況は歯痒い限りであろうが,われわれ市井の庶民には,これで別に困りもしないのである。本書は,価値判断を離れて,こうした日本国憲法のありのままの姿をできる限り客観的に描写することに努めた積りである。
執筆者を代表して 安念潤司